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「や、それでは――」
間もなく二人は来た時と同じに、つれ立つて、いくらか日蔭のできた路を、どういふものかどちらも自転車に乗らうとはしないで、押しながら歩いていた。
「へーえ」
「さうです、さうです。さつきも少し遠乗りをやりましてね。帰つて来たばかりなんです。どうしてもこの辺は馬ででもないと、用達しが不便でしてね。町へもこれで出かけます」
「いや、高間さんは大漁ですがね。わたしの方はさつぱり駄目ですよ」
河原町の部落がそれに沿つて長く伸びているあの川は、この附近では単に吉川と呼ばれているが、町の少し上手では二つの支流を合したものとなつているので、それにも各々ちがつた名がついていたが、こゝから更に下流になると、はるか下手の河口にある町の名をとつて吉賀川となるのである。
それは杉倉といふ所から来た。塔の山とは反対に、ずつと上手に河原町を出外れて、それから更に急坂を一里ばかり上つた所の、相沢といふ家だつた。相沢と云へばこの近所では誰も知らぬ者はない、そんな不便な土地でありながら大きな酒造家である。使ひの者が来て、急ぎはしないが明日あたりにでも往診してほしい、と云ふことだつた。房一にはそんな相沢みたいな家から往診をたのまれやうとは意外であつた。
真黒い顔の男が傍によつて訊いた。
一わたり済むと、練吉は最後にもう一度注意深く病人の顔をぢつと眺め、
「おや、いつのまにそこに来てなさつたかね。お茶ですか、上げますとも」
徳次は又ぐらりとした。
わきから又誰かが冷かした。
「うん、うん。あ、さうだ、顔を一寸洗はなくちや」